第 5 2 回 総 会  会 長 挨 拶


ご挨拶の前に、東日本及び北信の被災者の皆様に、心からお見舞いを申し上げます。また、亡くなられた多数の方々のご冥福をお祈り申し上げます。
早期復興に向けて、私たちも被災者の皆さまと同じ気持ちを持ちたいと思います。
お昼休みに義援金を募り、気持ちを表したいと思います。

評議員の皆さま、ご苦労様です。
来賓の皆様、ご出席を賜りありがとうございます。

開会に当たり、私は理事会等の意見を踏まえ、四点のことを申し上げます。
一つは、最近の登山事情についてです。一ことで言って、改めて山や登山が注目され始めているのではないかということです。
中高年登山の盛んなことは言うまでもありません。これに加えて『山ガール』という言葉に代表されるような、新たな登山者層が目立つようになりました。また、長野県山岳協会ジュニア委員会で開催しています登山教室にみられるように、小学生たちも親の理解が前提ですが呼びかければ応えてくれるうれしい反応も見られます。そして外国人登山者の増加も目につきます。
こうした中で、遭難の増加、自然保護の問題、登山のマナーの問題等、考えなくてはいけない面も出てきています。
また、組織登山者の停滞、高年齢化という問題もあります。
このような状況の中で、長野県山岳協会は登山者集団の集合体であることは言うまでもありませんが、登山界の諸問題解決に対する期待が大きい立場であることを、改めて自覚したいと思います。

二つ目は、創立50周年目の年度だということです。
私たちの先輩方は、1961年に協会の前身の長野県山岳連盟を、「県下の山岳会の横の連絡や育成、研究と遭難対策などのため」という呼びかけで結成しました。そして、その活動の継続が50年、半世紀になりました。
今年度を記念の年としてさらなる高みを目指す意味で、「信州の山を登り、学び続ける」というスローガンを掲げ、10の事業をみんなでやり遂げようとしています。
この詳細については、今日の中心的な議事として討議されます。
大震災それに加え原子力発電所放射能漏えいという厳しい背景ではありますが、目標に向けて一歩一歩がんばるという登山者スピリッツで、しっかりと行動することは、協会の次代の扉を開ける意味と、大災害にくじけない日本人としての務めを果たす意味でたいへん重要だと考えます。

三つ目は、長野県山岳協会や役員個人への非難、中傷問題についてです。
7年前の協会長の交替期に、交替した前の役員グループが「長野山岳連盟」という名称で協会や個人への非難、中傷を始めました。これは、自分たちの思うようにならなかったことが起因だと推測せざるをえません。これに対して協会は、総会等の場面できちんと反論し、加盟団体に説明をしてきました。
ところが、この3月初め「長野県山岳連盟」という名称で、役員挨拶状と協会や個人への全く根拠のない非難、中傷の文書を出しました。同時に今までパスワードを持たない一般人には公開してこなかったホームページに、組織のことのみを発表しました。(内容については依然として公開されていません)
こうした動きは、必ず目的があるはずです。現在のところは長野県山岳協会に対して非難と中傷で攻撃を加え、最終的には長野県山岳協会に取って代わろうとしているのではないかと疑われます。
私たちは、これらのことについて次のように考えています。
第一に、協会の加盟団体の皆さんに、50年の歴史を持つ長野県山岳協会には非難、中傷をされることなど全くないことを、よく分かってもらうことが重要だと思います。
第二に、関係の及ぶ方々や県民の皆さんにも、長野県山岳協会のこの立場を知っていただき、私たちとは関係のない組織だということを、はっきりさせたいと思います。
第三に、長野県山岳協会に所属しながら、「長野県山岳連盟」に名を連ねる団体あるいはこの役員になっている人物に、はっきり長野県山岳協会から離れるべきであると忠告したいと思います。
正直に申し上げて、純粋に山を愛し、山を守り、山仲間をたいせつにして、いい登山を志向する私たちにとっては、全く関わりの組織です。

四つ目は、加盟山岳会の活性化を協会の課題にしてゆきたいということです。
時代とともに山岳会の活動が変ってきていますが、山岳会としての原則的な活動、会員獲得、技術や記録の伝達等の活動は、変わらないことです。今まで、この点についての議論は少なかったように思います。どのように議論すべきかということから始まると思いますが、課題として取上げてゆきたいと思います。

今日一日の熱心な議論を期待申し上げ、挨拶といたします。