確保


  1. 確保の重要性

    登山中の事故の要因は、転落、滑落、雪崩、荒天、疲労凍死など低体温症、高山病、道迷いなど沢山あるが、事故の80%が、転落、滑落によるものである。山地には急憾な箇所が多いので、それだけ転落、滑落しやすい箇所が多いとも言える。逆に何らかの方法で、転落、滑落を防ぐ事ができれば事故の80%はなくなる。異論はあるだろうが、中高年登山者の多い山域では、登山道の危険箇所に鎖を張るなど安全対策を整備する事も必要であろう。ありのままの自然を舞台にするのが登山だとすれば、登山道の整備は邪道で、登山者自身が、転落、滑落を防ぐ能力を身につけ、危険箇所に対する判断力を高め、歩行技術を修得する必要がある。しかし、それだけでは事故を防ぎ切れない。重要なことは、転落、滑落をしない事であるが、転滑落は起きるのである。だとしたら、転落、滑落はありうることとして、転落、滑落が事故にならないように、ザイルを使って安全を確保することが更に重要でないだろうか。もし、転落、滑落事故のうち、ザイルを使い安全を確保していたら、その多くを防ぐことができたと考えられる。転落、滑落を危惧しながらも、ザイルを使用しないのはなぜだろうか。気をつけて行けば大丈夫だろうとか、「だろう」予測による危険認知の甘さ。時間がかかり面倒であるという手抜き、ザイルは高度な技術であり、我々には必要がないというザイルの技術に関する誤った考え方、ザイル技術を修得していない事などいろいろな理由があげられる。
    基本的に、ザイル等は安全を確保するための装備である。エキスパートであろうと、初心者であろうと、転落、滑落を危惧するところはザイルで安全を確保することが必要ではないだろうか。「だろう」予測や手抜きは論外としても。安全を確保するには、正しくザイルを操作しなくては、ミニヤコンカの例を挙げるまでもなく、ザイル使用によってかえって危険が増すこともある。ザイルはただ単に、ザイルだけで安全を確保できるのではなく、ザイルは、何らかの形で強固な支点に連結されて安全を確保できる。したがって、強固な支点を作るためのハーケン、ハンマーや支点とザイルを(固定的にあるいは流動的に)連結するためのスリングやカラビナが必要である。
    そのための知識、つまり確保理論とザイルを扱う訓練があって、実際の山行中に正確にザイルを使用できる状態になる。
    ザイル使用によって多大な時間がかかると思うのは、ザイル技術が未熟であるためと言うのが大部分である。不安をかかえて、緊張して慎重に行動するより、安全を確保して、大胆に行動する方が、スピードアップを図れるはずである。実際は多少時間がかかっても事故を起こすよりは良い。もちろん、クライミング能力を高めることによって、安全性を高めることはできる。とは言え、ザイルによる確保があってクライミング能力を高めることができるのであるから、フリーソロのクライミング等、レベルの高いクライマーは、その過程において確実な確保があったからこそレベルを上げることができたのである。
  2. これからの登山と確保技術

    登山は、より困難なルートにチャレンジするスポーツ、クライミングを追求するスポーツである。やがては、ヒマラヤ等高峰における極めて困難な岩壁、氷壁の登攀とか,高峰の縦走登山とかが、主要な登山の課題になる。
    最近の論文では、5000mを超えるところは、衰退が順応を上回り、5000mを超えるところでの滞在が長引く程衰退するといわれている。高峰でのクライミングは、いかに滞在を長引かせないか、クライミングにおけるスピードが成否のカギを握っていると言える。そのスピードを支えるのは、大部分が高所に適応した上での体力であるし、経験の蓄積やより合理的なタクテイクスである。もう一つの大きな要素は、技術である。今日におけるフリークライミング技術の発展は、安全を確保されたという前提条件があったからこそ発展してきたように、クライミング技術を向上させるカギは、確保技術である。
    どのような条件下でも、ハイリスクを背負った、一か八かの冒険と言うか、確保をあてにしないクライミングは、ある時は成功を収めることが出来るかもしれないが、やがて破綻がくる。一見、ハイリスクなクライミングに見えても、その中には自分の技術と安全に対する緻密な計算が成立しているから可能であることを見落としてはならない。一見矛盾しているように見えても、スピードと確保は決して相反するものではなく、お互いに補いあうものと考えなければならない。
    スピードを問題にするとき一番必要な事は、確かでスピーディな確保を構築することである。
     その意味で新しいスタイルを創造する、あるいは新しい登山の展開には、確保技術の構築がクライミングテクニックの上で重要な問題を含んでいる。
    8000mを超える高所では、酸素摂取量の低下のため、せいぜい、東京近郊の高尾山をハイキングするくらいのパワーしか発揮できないと言われている。それさえ、経験を積んだ優れたクライマーにとって可能であり、決して易しいわけではない。8000m峰の登山は内容から見ると高尾山ハイキングのレベルの登山でしかない。もちろん酸素補給をすれば別だが、酸素を吸入しながらの登山は、8000m峰そのものの高度を下げてしまう。今のところ、特殊な場合を除いて、高峰でのクライミングの追求は、おのずと6000〜7000m峰になるだろう。巨峰は削られなかったから高いのであり、氷河に削られ、削られたが故に低くなった6000〜7000m峰は急峻である。そのエリアのクライミングの課題を解決するための新しい確保の構築が必要である。
    確保を重視すれば、スピードが低下し、スピードを重視すれば、リスクを背負うことを覚悟しなければならない。一見、スピードと安全は矛盾した要素に思えるが、スピードを補う確保を構築することが、新しい登山の展開には必要である。
  3. 墜落の速度

         V=3.6√2GH(km/h)… 1式
         3mで27.6km/h
         5mで35m/h
         10mで50.4km/h

    墜落する物体は、重力の加速度Gによって、落下距離が長くなるほど、スピードをましてゆく。たった3mの墜落で27.6kmに達し、5mで35,6kmに、10mでは50,4kmになる。27.6kmはサイクリングにおける普通の人の巡航速度を上回るし、35.6kmはトッププランナーが100mを走るときのスピードである。
    50.4km/hともなれば、本来的に、人が備えたスピード感覚の領域を超える。
    理論的には、落下距離が大きくなるにつけ、無限にスピードは増してゆくが、実際上は、空気抵抗があるので落下速度は230km/hぐらいが限界である。もちろん、空気抵抗を小さくする姿勢を取り、衣装等の抵抗を減らせば、スキーのキロメーターランセのように、250km/hまで達する。数100mの墜落があるわけでわけではないが、10mの墜落でさえ,50.4km/hのスピードで、テラス等へ激突することもあり得るのである。

    落下スピードの増加から推測すると、できるだけ墜落距離は短い方がよいし、途中の岩の起やテラスヘの激突をさけるようにランナーを設けなければならない。同時に,できれは墜落直後徐々にブレーキがかかって、スピードが減少し、やんわりと停止する方がよい。
     こうした条件をどのようにみたすのか、確保を総合的に検討してみよう。落下のスピードは、のちに述べる落下率やザイルの性質に全く関係なく、重力の加速度と落下距離のみに関係する。
  4. ザイルによる衝撃の吸収



      F  ザイルにかかる張力
      W  墜落者の重量
      H  墜落の垂直距離
      L  使用されているザイルの長さ
      K  ザイルの張力係数

     ザイルに大きな張力がかかると、ザイルはバネのように伸びて、衝撃を吸収する性質を持っている。
    よく伸びるザイルは衝撃を吸収しやすく、伸びにくいザイルほどザイルに大きな張力(負荷)がかかる。市販されているザイルは、多種多様であるので一概には言えない。一般的にナイロンザイルの持徽として、細いザイルほどよく伸び、衝撃吸収力に優れ、太いザイルほど伸びくい。反対に、細いザイルほど破断しやすく、太いザイルほど最大破断張力は大きくなる。
    また、ナイロンザイルの特徴として、熱に溶けやすいし、岩角など、エッジにザイルが接触し、剪断力(はさみやナイフでザイルを切るように、岩角(エッジ)が作用すること)がはたらくと切断されやすい。耐剪断力は、エッジが鋭いほど小さく、また、ザイルが細いほどエッジで剪断されやすい。エッジに対して耐剪断力のあるケブラー(アラミッド)繊維で作られたザイルもあるが、こうしたザイルは、伸びにくく衝撃を吸収しにくいのでクライミング用に適さない。固定ザイルとしての使用には適している。同様に伸び率の小さいスタティックロープ(伸びの少ないロープ)も同様である。ケブラー製ロープやスタティックロープをクライミングに使用すると、墜落したクライマーとそれを確保するビレイヤーに大きな負荷がかかり、同様にランナー(途中の支点)にも大きな荷重がかかり、支点のハーケン等が抜けたり、破損し、致命傷になるので、クライミングザイルとして決して使用してはならない。
    こうした伸びの少ないザイルは主として固定ザイルや遭難救助用に使われる。外見はよく似ているので注意してほしい。
  5. ザイルの衝撃を吸収する性能

    ザイルが衝撃を吸収する性能は、Kで表わす。Kの値を決めるのは、ザイルの長さと伸びである。何パーセント伸びたかどうかがKを決める。Kの値が小さいほどよく伸び、衝撃吸収性に優れ、Kの値が大きいほど、伸びにくく、衝撃を吸収しにくいザイルと言える。
    式 2から


    Kはザイルの太さ、製法、新品か古いか、雨や雪の付着、凍結その他によって当然異なってくる。自分の使用するザイルのKを知っておくことは無意味ではない。
    Kを測定するにはザイルに一定の荷重をかけ、その時ザイルの伸びた長さを測定すればよい。
    例えば、10mのザイルに80kmの荷重をかけたら80cm伸びたとすると、式3に当てはめると、
     K=80×10/0.8 K=1000になる
    自分が使用するザイルの性質をよく理解するためにも測定してほしい。Kという数は、後述する式にも重要な意味を持ってくる。Kによって、ザイルにかかる張力が大きく異なるからである。マニラ麻ロープが使われた頃は約K=4000であった。最近のロープは800〜1200くらいまで小さくなり、よく伸びるようになった。
    新品のザイルを購入したときKを測り、ある程度使用されたとき、大きな衝撃を受けたあと、凍結したときなど測ってみると、実用的なKの値が設定できるであろう。
    UIAAの静荷重によるテストでは、8.5〜9mm¢のザイル、10.5〜11mm¢のザイルに80kgの荷重(張力F)をかけて測定している。その結果をみれば6%〜10%の伸び率であり、
    表1

    UIAAテストとザイルの性質
    静荷重
     8.5mm〜9mm¢のザイル 80kgのWをかける
       そのときの伸び
    10.5mm〜11mm¢のザイル 80kgのWをかける
       6%〜10%の伸び
       Kは  6%一1333.3
          7%一1142.8
          8%→1000.0
          9%→888.9
          10%→800.0

    表1のように、Kは6%で1333.3、10%で800になる。UIAAは衝撃荷重テストも実施している。9mm¢ザイルでは、おおよそKは1000から1200であると言う結果が出ている。
     登山研修所では、固定確保を行い、9mm¢ザイルのKを測定した。平均値をとるとK=1,000であり、UIAAテスト結果とも一致していた。


    固定確保時のザイルにかかる張力Fは、同じ落下率(注 後ほど説明H/L)なら、Kによって大きく異なることがわかる。H/L=2(最大墜落)でどのくらいの荷重がザイルにかかるか調べると、K=850のザイルだと592.2kg、K=1300のザイルだと729.9kgになる。K=1000だと651.3kgである。
    現在使われている9mm¢ザイルの係数Kはおよそ800〜1200と考えることが、UIAAのテスト値や登山研修所の実測値から言える。
  6. 落下率(H/L)と衝撃荷重量

     今まで、理論的にはザイルの係数Kを2000から2500に設定して計算してきたが今のクライミングザイルは衝撃吸収性に優れK=800〜1200ほどである。
     ザイルがバネとして衝撃を吸収すると考えると、バネのキャパシティは、ザイルが長く繰り出されているほど大きい。
     墜落距離は短いほど衝撃荷重は小さくなる。その関係は、式2の中でH/L(落下率)で表わす。繰り出されたザイルの2倍の距離の墜落が最大の落下率2である。ビレイヤーから途中ランナーを設けずに登ると、2m登れば4mの墜落になり、20m登れば40mの墜落になる。落下率は同じ2であるのでザイルにかかる荷重、ビレイヤーや墜落者にかかる荷重も同じである。4mの墜落と40mの墜落では、墜落のスピードとエネルギーは大きく異なるが、それを吸収するザイルが長くなり吸収力が大きくなるので、結果的には、同じ負荷になる。常識的には墜落距離の大きさで衝撃荷重量を考えやすいが、バネとは不思議なもので、落下率H/Lが衝撃荷重量を決める。途中ランナーを設けるとザイルの長さに対して墜落距離が短くなるので、ザイルにかかる負荷は小さくなる。
    例えば1m登ったところでランナーを設けてもう1m登った とき墜落すると、固定確保でザイルを繰り出さなければ、繰り出したザイル2m、墜落距離2m、H/L=1の墜落になる。
    K=1000(ザイルの張力係数)で80kgの人が墜落した場合、表2のように最大落下率2で651kg、1で487.9kg、0.3で313.2kgになる。できだけ沢山のラるンナーを設け、落下率を小さくすると、衝撃荷重量が減少する。

    表2
    K=1000W=80kg
    落下率荷重量
    2.0651.3kg
    1.5576.4kg
    1.0487.9kg
    0.5373.9kg
    0.3313.2kg
  7. 実際の衝撃と落下率の問題点

     研修所の確保訓練施設での訓練によると、落下率0.3ならば比較的確保しやすく、女子学生など握力、背筋力等非力な看でも止めやすい。落下率0.5を超えるとビレイがむずかしくなる。ならば、ランナーを落下率0.3になるように設けたらどうかということになる。


     ビレイヤーからピンまでのザイルの長さをAm、そこからXm登って墜落すると考えるとam登ってランナーを設け、そこから]m登って墜落したとき、その落下率を0.3にすると、最初の2mは墜落せずうまくランナーを設けたとしたら、落下率0.3にするにはその次のランナーを35cm登ったところで設け、その次のランナーは41cm、その次は49cmで設けなければならない。実際そんなに細かくランナーを設けて登ることはできない。落下率を小さくするようにプロテクションを構成することができない実際上の大問題がここにある。
     仮に、ザイルが20mほど繰り出され、そこにランナーを設け、次のランナーの位置はどの位になるかを計算すると、20mのランナーから3.53m登ったところに設ければよいことになる。つまり、同じ落下率0.3にするには、登り始めは細かくランナーを設け、高く登るにしたがってランナーの間隙をあけることができる。ただ、心理的には、登り初めは大胆にランナーの間隙をあけ、高さが増すと恐くなってランナー問を詰めやすい。落下率から言えば、登り初めは細心に細かくランナーを設け、登るにしたがってランナー間隙をあけてもよいことになる。等間隙でランナーを設けていれば、墜落距離は同じであるので、ザイルは長く繰り出され、登るにしたがって落下率は小さくなる。
  8. ジャミング

     繰り出されたザイルの長さに対する垂直落下距離、つまり落下率が大きくなるにしたがい、ザイルにかかる張力、ひいては墜落者、ビレイヤー、途中の支点(ランナー)にかかる負荷は増大する。
     繰り出されたザイルが途中のランナーによって屈折したり、岩場の凹角にザイルがはさまる(ジャミング)等ザイルが動かない箇所があれば、ビレイヤーからジャミング箇所までのザイルは衝撃吸収機能が働かない。ジャミング箇所から先方のザイルが衝撃を吸収する。したがって、ジャミングがあるとジャミングから先のザイルの長さに対する垂直落下距離の割合が落下率になる。
     完全なジャミングは、固定確保になり、ビレイヤーには負荷がかからないが、ビレイヤーにかかる荷重はジャミング箇所にかかる。
     ジャミング箇所で摩擦抵抗が大きく、ザイルが少ししか流れなかった場合は、多くの荷重をジャミング箇所が受け止め、ビレイヤーにかかる荷重は、減少する。但し、ビレイヤーにかかる荷重が減少しただけ、墜落者やランナーにかかる荷重は増大する。ジャミングは、その箇所で剪断力が働き、ザイルを切断する危険性もある。ビレイヤーにかかる負荷は小さくなっても、危険が増大する。リードする者は、ジャミングしないように、ザイルがスムーズに流れるようなランナーの設定を考えて登らなければならない。
      
    落下率     C/A  (ジャミングした場合)
           C/A+B (ジャミングしない場合)

               A : ジャミング箇所から墜落者までのザイルの長さ
               B: ビレイヤーからジャミング箇所までのザイルの長さ
               C: 落下距離
      
     特にジャミングは制動確保をさまたげるので、途中のランナーに使用するスリングの長さ、ランナーを取る位置、ザイルの交差等に十分注意をはらわなければならない。
  9. 太いザイル(11mm ・細いザイル(9mm¢)

     ザイルが衝撃を緩和する性能は、衝撃荷重されたときの伸び方によって決まる。必ずしも正確ではないが、一般的に太いザイルは伸びにくく、細いザイルは伸びやすい。衝撃を緩和する性能だけを考慮に入れれば、細いザイルの方が優れていることになる。反面、破断強度は当たりまえのことだが太いザイルほど大きく、細いザイルほど小さい。岩角などにザイルがかかってた場合、ザイルを刃物で切るような剪断力が働くが、ザイルの直径の2乗に比例して、つまり太いザイル程、剪断力に対して強い。ただし、ナイロンザイルの特性上、鋭角な岩角にザイルが当って荷重されると、切れないザイルは無く、非常に弱いと言える。剪断力に関しては、ザイルの太さよりも、エッジの鋭さがものを言う。ちょっとエッジにRを持たせただけで剪断力が弱くなるので、ザイルの強さよりも、岩角などエッジの鋭さを問題にすべきである。
    9mm¢以上の太さのクライミング用ザイルが実際の登攣では使用される。クライミング用として設定されたザイルは9mm¢でも11mm¢でも破断強度は、80kgの人間の落下率2の最大墜落に耐えられる。しかし、この場合、新品のザイルであって、使用によって大きな衝撃が何回もかかり内部溶解があるものや、岩角やアイゼンで傷ついたザイルは、落下率2の墜落に耐えられないこともある。傷がついたザイルや衝撃を受けたザイルはクライミング用には使用してはならない。
     8.5mm¢未満のザイルは、クライミング用ではなく、最大荷重のかかる落下率2の衝撃荷重試験はされていないので破断強度が不足するものと推定される。
     9mm¢のザイルは、ダブルザイルとして使用することが前提条件である。11mm¢のザイルをダブルで使用してならないわけではないが、実際上は、カラビナの屈折抵抗が大きく、使用しにくい。ダブルで使用する場合、1箇所のカラビナにザイルを2本通すなど、2本のザイルに均等に荷重がかかるような(ツインロープ)使い方をしてはならない。と言うのは、ザイルは9mm¢でも、2本に荷重がかかるツインロープだと、10数mm¢のザイルを使用していることと同じことになる。破断強度は大きくなっても、ザイルの伸び率が低下し、衝撃荷重量が増大する。したがって、墜落しても1本のザイルに荷重されるように交互にランナーを設ける。
     9mm¢のダブルロープで登る場合と11mm¢のシングルロープで登る揚合、前者は11mm¢にくらベ9mm¢ロープの衝撃吸収性に優れた性質を利用できる点と、ジャミンクや岩のエッジによる切断をさけるランナー設定がしやすい等、また仮に1本がジャミングやエッジで切断されても他の1本が確保を成立させる。ただし、2本のロープでプロテクションを構成するには、ロープ操作やランナーの設定等多少複雑になる。シングルロープの場合、ロープの操作やランナーの設定は単純であるが、ロープの伸び率が小さくなるので、墜落した場合衝撃荷重量は増加する。
  10. 制動確保

     自動車はブレーキをかけながらスピードをゆるめ停止するように、ザイルにブレーキをかけながら繰り出して、衝撃を弱めながら墜落を止める方法を制動確保という。
     このときのザイルにかかる張力Fは、


      W‥墜落者の重量
      H‥墜落距離
      y‥ブレーキをかけながら繰り出したザイルの長さ
     Fが大きいとザイル、ランナー、墜落者、ビレイヤーに大きな負担がかかることになる。
     F値を墜落者、ビレイヤー、ランナーが耐えられる値以下にするためには、墜落距離に対して、ブレーキをかけながら繰り出すザイルの長さを大きくする。 つまり、H/yを小さくするとF値も小さくなる。ただし、この式からは、落下率(H/L)もザイルが衝撃を吸収する性質(K)も関係がないことになる。実際の墜落は、制動確保とザイルの衝撃を吸収する性質を利用して確保するので、この式では、落下率と制動率が統合されず、実際の確保におけるザイルにかかるF値、つまりランナー、墜落者、ビレイヤーにどのくらいの負荷がかかるか計算することができない。
  11. ザイルの弾性と制動を用いた確保

     先に述べたように、ザイルがバネとして伸びる性質を利用した確保はザイルの性質Kと落下率(H/L)に比例する。
     弾性確保ではKとH/Lが小さくなるほど、衝撃荷重は減少する。このとき墜落距離と制動距離の割合H/yを小さくするとF値はさらに小さくなるはずである。
     この落下率と制動確保、そしてザイルの性質を統合した確保における計算式が


      F: 張力
      S: 生動したザイルの長さ
      L: 繰り出したザイルの長さ
      H: 墜落距離
      W: 墜落者の重量
      K: ザイルの張力係数


     9mm¢ザイルの平均的なK=1000とし、ザックを背負った。重量80kg者が墜落したときの落下率H/Lを縦軸に、制動ザイルとザイのルの割合S/L制動率を横軸にしておおよその目安とするため表にまとめると上の表になる。
     この数値は、登山研修所の確保訓練による実測値にほぼ同じであることからも正しさが裏付けられる。
  12. 制動確保の問題点

     ブレーキをかけながら繰り出すザイルを長くするほどF値(衝撃荷重によるザイルの張力)を小さくすることができる。しかし、困ったことに、制動距離が長くなるほど、登撃開始点ではグランドフォールの危険も増すし、途中の岩の突起やテラスに激突する危険も増す。その危険を小さくするために制動距離を少なくするほど弾性確保に近づきF値が増加し、墜落者、ビレイヤー、ランナーにかかる負荷も大きくなる。
     上の式からわかるように制動率S/Lは制動したザイルの長さ(ブレーキをかけて繰り出したザイルの長さ)をザイルの長さで割ったものであるからF値を小さくするには、S/Lを大きくした方がよい。
     同じ1mの制動距離でもその時のザイルの長さが短いほど大きくなる。このことから、登り始め、ザイルがあまり繰り出されていない時ほど制動効率はよくなる。
     例えば、同じ0.2の制動率にするにはザイルが1mしか繰り出されていないとき20mmの制動でS/Lは0.2であり、ザイルが20mも繰り出されていたならば、4mの制動距離が必要になる。 制動確保は、登り始め、ザイルがあまり繰り出されていないときほど効率はよく、相当登ってザイルが20mも30mも繰り出されたときは、より長い制動距離が必要になり、途中の岩の突起やテラスヘの激突など危険が増大する。
     実際の登撃と落下率の問題点で指摘したように落下率を0.3にするには登り始めは非常に短い間隔でランナーを設けなければならず、不可能に近いことを指摘した。しかし、30mザイルが繰り出されれば、9mも間隔をあけることができる。つまり、弾性確保では登り始めは非常に効率が悪く、ザイルが沢山繰り出されるほど効率がよくなる。制動確保はこの逆で登り始めは効率がよく登るにしたがって効率が悪くなる。
     落下率、制動率、両方の長所を取り入れ、短所を補う、実際の登攣では、登り始めは制動率を大きくし、登るにしたがて落下率を小さくしてゆくと、総合的にF値をある一定の範囲(安全な範囲)にすることができる。
  13. カラビナの摩擦と墜落者にかかる衝撃、ビレイヤーにかかる衝撃

     実際の登攣では、途中にランナーを設け、ランナーのカラビナにザイルを通して登る。ルートやランナーの設け方によってカラビナを通ったザイルは屈折し、カラビナとザイルの間に摩擦抵抗が発生する。ザイルがカラビナを通ることにより、何箇所か屈折し、抵抗が大きくなって、スムーズにザイルが繰り出せなかった経験の持ち主も多いと思う。
     仮に、上手にランナーを設け、一直線にザイルが伸びて、ザイルの流れはスムーズであったとしても、墜落を確保すれば、少なくとも、墜落者に一番近い最上部のランナーのところで180°近く屈折し、ビレイヤーのところでも90°位は屈折する合計約270°の屈折による摩擦抵抗によって、ビレイヤーにかかる負荷は減少し、減少量だけ、墜落者に多くの負荷がかかる。ただしランナーにかかる負荷は同じである。このとき墜落者例のザイルにかかる張力Fは、


     このときの墜落者に増加する負荷量はe によって決まるのでe を増幅率という。
     摩擦抵抗0のとき墜落者側にF憤の負荷がかかるとすると、実際には摩擦抵抗が働くので、墜落者にF+X(負荷の増加分)かかり、逆にビレイヤーにはF-Xの負荷になる。


     ( )(増幅率)はeは2.718281828という定数であるので摩襟係数( )と接触角( )によって変化する。
     これを式になおすとF+X=(F−X)e になる。
     (注)( )はラジアンで表す。1°は0.017ラジアンで、
        180。の接触角βは3.06ラジアンになる。270の接触角ならば4.59ラジアンである。
     増幅率( )はeのカラビナの摩擦係数( )掛ける接触角の合計( )乗であるから、摩擦係数さえ明確になれば増幅率が計算できる。
     ペツルのカタログによれば接触角180。のときの増幅率は1.5で、このときの( )は0.134である。他の資料では( )が0.23で180°の増幅率は2というのもある。
     登山研修所の確保訓練における実測値から( )を計算するとペツルのカタログと他資料の間の( )=0.17という結果が出た。

  14. カラビナの摩擦係数の実測

     図のような測定により、支点AとBの荷重を測定し、墜落者とビレイヤーにかかる荷重を導くと、墜落者は221.2kg、ビレイヤーには、98.5kgの負荷になった。

     この測定値から函数電卓で計算すると、カラビナによる増幅率(  )は2.2456である。この場合接触角は280°であるから、カラビナの摩擦係数〃は0.17である。


  15. ビレイヤーと墜落者

    カラビナの摩擦係数 を測定することができたので、支点Aにかかる荷重を測定すれば増幅率によりビレイヤーと墜落者にどのくらい負荷がかかるかを計算によって推測できる。
    墜落者にかかる負荷をF1、ビレイヤーにかかる負荷をF2とし、落下率と制動率を変化させて表にまとめると表4のようになる。


    墜落者やビレイヤーはどのくらい衝撃負荷に耐えられるだろうか。ビレイヤーは、横方向に引かれると数10kgの力で簡単に姿勢を崩す。ビレイヤーの足元方向に対して比較的大きな負荷に耐えられるが、それも100〜150kgであろう。もちろん上に引き上げられる力に対しては、ビレイヤーの体重までである。少なくとも、支えなしには、自分の体重程度であることを目安にしなければならない。実際、体重以上の荷重に耐えるには、荷重される正反対の方向に支点を設け、体を支える態勢をつくることが重要になる。
     強固な支点を設け体を支えたとしても、せいぜい300〜400kgが限界だろうと言われているが、実際に測定した結果は非常に少ないので、目安としての限界荷重値である。ビレイヤーに300kgの荷重がかかるとすれば、カラビナで合計280°屈折していると墜落者は増幅率によりその2.25倍、673.8kgの衝撃荷重を受けることになる。はたして墜落者は、耐えられるだろうか。ビレイヤーに100kgの負荷がかかった場合で225kg墜落者にかかる。このくらいの負荷ならば耐えられるだろう。
     表4を参考にして、ビレイヤーにかかる負荷を100〜150kgになるよう、落下率や制動率を設定する必要がある。
     尚、ハーネスは、衝撃を分散し身体の損傷を防ぐためのもので、衝撃吸収力はないと考えてよい。あるとしても、せいぜい10kgくらいである。
  16. 墜落者の引き上げ

     カラビナの摩擦係数がわかったので、図のような墜落者を引き上げるシステム(1)をつくり、引き上げると、摩擦係数0ならば、引き上げるのに必要な力はWの1/3になるはずである。しかし実際にはカラビナの摩擦が働くので、Wの1/1.95にしかならない。
     (2)のシステムならは1/9になるはずであるが実際には1/3.8にしかならない。