索道による救助搬送


 昭和42年頃だったと思う。東京の月稜会が、唐沢岳幕岩にルートを開きに来て、下部ハングの下、取り付きで滑落し200mほど墜落した事故があった。居合わせたのは、帰ろうとしていた私たち大町山の会の3人と登攀中のグループ・ド・コルデの3人だった。山の会から1人、月稜会から1人の2人が、救助を求めて下山する。コルデの3人も登攀を中止し、救助に降りてきてくれた。墜落者は、意識不明の重態である。何とか助けたいがなす術がない。残念ながら、2時間ほどして死亡した。翌日には、山の会からも数名駆けつけてきた。コルデの人と協力して遺体を収容搬送することになった。岩壁にロープを張り巡らし、狭いB沢はこちらの壁からあちらの壁へと索道にして、B沢の鷲滝の下まで下ろした。これが最初の索道による搬送であった。索道から索道に遺体を乗せ替えるのが大変だったが、なかなかうまくいった。唐沢は、大勢で抱えたりして運んだ。金時の滝は、先輩が芝橇をつくり、それに乗せて、一気に200mほど降ろした。まだ高瀬川には、気動車が走っていたのでそれに乗せた。

 当時、伐採した木材を運ぶ山仕事は、ワイヤーの架線を張り、谷を渡すなどしてトラックの来る林道まで出していた。親戚の山師の叔父の仕事を手伝っていたので、ワイヤーの索道は知っていた。叔父は、ワイヤーが切れて、跳ねることや搬送中の木材の落下など山仕事の危険や事故についてよく話をしていた。そのときの印象で1歩間違えれば、索道は怖いものだと思っている。

 大きな岩壁や滝の連続する狭い谷を搬送するには具合がよいと言うよりこれしか方法がない。山の会の北葛沢の事故のときも索道を使っている。大岩壁でもワイヤーがあれば一度に数百mも下ろせるので効率がよい上、安全性も高い。ロープやワイヤーが切断する。アンカーが破断すれば、バックアップを取ることが難しいので致命的な事故になる。カラビナ、滑車、クリッパー、スイブル、デスクブレーキ、一見、破断しにくい器具も、ロープやワイヤーを張り込むので大きな張力が掛かる。張力のかかる支点の強度に十分余裕を持たせなければならない。

 索道による搬送は、クライミング中事故を起こしたパーテイが、残った1人か2人で索道救助ができるかどうか、また、仮にできたとしても効率が良いかどうか、そこを見極めなければならない。急峻な岩壁であるほど、懸垂下降や吊り下げ下降のほうが容易で効率がよい。しかし、渡渉や滝の通過では、索道以外に搬送方法がない場合もある。大勢居れば、任務を分担することもできるが、一人でするなら、こちらの地点から、あちらの地点へと何回か行き来しなければならないことにもなる。

*索道による渡渉(1人でする場合を含む)

  1. 何処から何処へ索道を張るか決め、こちら側の強固な支点をつくり、ロープの端を結ぶ。ダブルにロープを張る場合は、支点にカラビナをダブルで介して懸垂下降のように掛ける。
    1. 支点
      ア 確実な支点を連結して強固にする。(少なくとも破断強度をロープ強度以上にする)
      イ 引き抜き方向に荷重しない
      ウ 荷重方向を決定したら、分散荷重を固定する。

      エ 岩壁などで引き抜き方向に荷重が掛かるとき

      オ 石八

      カ 立ち木
      巻きつけて支点にする。

  2. 渡渉地点を決め渡渉方法をきめる。
    渡渉は、必ずしも、索道を張るところでなくてよい。一人だとロープによる確保がない。ロープ末端を固定した後、川の流れに逆らわないよう川上から、かなり川下へと渡る。ロープを持って(ダブルに張る場合は、原則的には、2本持って)渡るがロープは水に触れると流され、渡渉者を引きずり込む。相当な水の力が掛かるので用心しなければならない。ロープが水に触れないよう、木や岩などの高いところからロープが繰り出されるように工夫する。もう一人いれば、ロープが水に触れないよう高いところに支点を取り、サポートするとよい。ロープを1本もって渉り、傾斜のある索道にして次のロープを渡すことも可能であるが、必ずしもうまく行くとは限らない。多くの場合ロープを張ったのち、そのロープにセルフビレイをとり、渡り返すことが多い。
    泳いで渡る場合は、流れの緩やかなところを選んで渡る。自信をもって、確実に渡ることが出来る地点を渡らなければ取り返しのつかないことになる。なお、渡渉については、別項を設ける。

  3. 索道を一人で張り込むのはなかなか大変である。
      対岸へ渡ったら、強固なアンカーを作りロープを張り込む。張り込むには大きな力が要るので、1/2、1/3(図)になるような動滑車を使ったシステムを作り張り込む。できる限り高低差(水平でなく)がでるように張ると、搬送が容易になる。

    引く引く

    1人の場合は、送り出しか、引き寄せのどちらかしか出来ないから、ロープをダブルに張って負傷者と共に索道を渡る方法が、一般的である。ロープの末端が余っていたら、引き寄せ用ロープとして、索道にセットしておくとよい。
       9ミリ径ロープだと出来ればダブルで張りたいが、引き寄せあるいは確保用にもロープがいるので、シングルでもやむを得ない。

  4. 索道に負傷者をのせる。
    索道を使って、渡り返し、負傷者を索道にのせる。

  5. 索道は、荷重がかかるとロープが伸びて図( )のようにX字形になる。支点に掛かる荷重は、X字の角度と負傷者のウエイトで決まる。一人ではそう強く張れないので心配ないが、水平の索道を大勢で強く張るときは、張りすぎて、X字の角度が180度に近づくと支点に大きな力が掛かる。索道はバックアップがとれない。ロープや支点が破断したら致命傷になる。破断するのは、強く張りすぎてロープや支点に過大な張力が掛かるか、岩角でせん断されるかである。くれぐれも、岩角と張りすぎに注意したい。
    ワイヤーの索道は、伸びにくいので大きな張力が掛かりやすい。張り込みすぎないよう十分注意が要る。
    負傷者とともに渡り終えたら、アンカーに負傷者の確保を取り、ロープを回収する。

  6. 頭の中ではこのシステムを理解しても、現実は、訓練しておかないと、訓練でしか習得できない要領がいるので、いざと言うとき役に立たない。一人で足場の不安定な岩場で、負傷者を索道に乗せる難しさと要領、一人で負傷者を引きながら渡るときの要領、渡り終えて、負傷者を索道からはずすコツと要領、引き寄せロープの使い方、支点の位置、張力の掛かる方向など、ともすれば、整備されたゲレンデで、システムの作り方の訓練になりがちであるが、いろいろの場所で実際に即した訓練でなければ要領を習得できない。
    実際に、いろいろな場面を想定して訓練するとしても、渡渉が容易であったり、アンカーが容易に設置できたり、広く、足場の良いところでの訓練になる。そのため、実際には、チェックが甘くなる。極めて困難な渡渉なのに、忘れ物をして、安易に渡渉を繰り返す。アンカーを設置すると言う一番重要な訓練が甘くなり、セルフアンカーの重要性を省略する訓練になる。その結果、索道のシステムの理解だけにおわる。ことに、セルフアンカーに吊り下がるような、足場の悪いところでは何も出来ないことになる。